古くて新しい素材「い草」の秘密
古くて新しい素材「い草」の秘密:収穫から製品化までの職人技と伝統

畳は、日本の住文化を象徴する「古き良きもの」として知られています。しかし、その主原料である「い草」は、単なる天然素材というだけでなく、現代の住環境が求める「機能性」と「衛生」を自然の力で実現する、「古くて新しい素材」として再評価されています。
この優れた機能と、長期間持続する美しさは、い草が持つ独自の構造と、何百年も受け継がれてきた職人の伝統的な「ひと手間」によって支えられています。
1. い草の秘密:天然のフィルター構造
い草の茎は、私たちが目にする表面だけでなく、内部の構造にこそ、その多大な機能の秘密が隠されています。
多孔質な構造
い草の内部は、竹の繊維や木炭のように細かい孔(あな)がたくさんある多孔質「スポンジ」のような構造になっています 。この多孔質な構造が、い草に優れた吸放湿性をもたらします 。
い草の畳表は何百年も前から、日本の暮らしに寄り添ってきました。
このありふれた植物の内部に、シックハウス症候群のような現代の化学物質問題に対する自然由来の解決策を秘めていたとは、私たちは遠い過去から受け継いだ未来への贈り物をずっと足元に持っていたのです。
い草の断面の画像

A. 多孔質な「天然の吸放湿材」
い草の内部は、竹の繊維や木炭のように細かい孔(あな)がたくさんある「多孔質」な構造になっています 。この多孔質な構造が、い草に優れた吸放湿性をもたらします 。
湿度調整機能:
梅雨のじっとりとした日に、畳の部屋へ足を踏み入れると、空気がさらりとしていて、裸足に触れる畳表が心地よい。逆に暖房で乾燥しがちな冬の部屋には、喉や肌にやさしい穏やかな潤いを感じられる。
い草はまるで家族の一員のように静かに呼吸し、私たちの暮らしそのものに寄り添ってくれるのです
B. 空気清浄効果とリラックス効果
この多孔質な構造は、湿気だけでなく、空気中の微細な粒子や特定の有害物質を吸着する「天然フィルター」としても機能します 。
有害物質の吸着:
現代の建材などから発生する揮発性有機化合物(VOC)や、二酸化窒素(NO2)といった有害物質を吸着し、室内の空気を清浄化する働きがあることが期待されています 。
森林浴効果:
新しい畳の上に寝転んで深呼吸をするとまるで早朝の森を歩いているかのような、青々しく、どこか懐かしい香りが胸いっぱいに広がる。 その香りがスマフォやPCの画面と向き合って一日中張りつめていた思考を、ゆっくりと解きほぐしてくれるのです


しかし、この驚くべき自然の設計図は、それ単体ではまだ未完成です。その無限の潜在能力を100%引き出し、何十年も続く生命を吹き込むのが、人間の知恵と手仕事、すなわち「泥染め」と言う名の最高のパートナーです。
2. 品質を決定づける職人技:「泥染め」の伝統
い草の天然の機能を最大限に引き出し、その耐久性と美しさを長期間保つため、収穫後のい草に施されるのが、伝統的な職人技である「泥染め(どろぞめ)」です。
泥染めは単なる現代的な作業ではありません。それは、素材の性能を極限まで引き出すために、先人が編み出した「古代のバイオテクノロジー」とも言える技術なのです。現代の工業的なコーティング技術が目指す素材保護と機能維持という目的を、はるか昔から自然の粘土だけで実現しているのです。
A. 泥染めのプロセスと目的
泥染めとは、刈り取り直後のい草を、粘土質の土(染土)を溶かした水の中へ浸す工程です 。この一見地味な作業には、い草の品質を決定づける重要な目的があります 。
- 乾燥の促進と均質化: 染土を付着させることで、い草を早く、均質に乾燥させることができます 。
- 品質の維持と保護: 染土がい草の茎を保護し、い草が持つ天然の色素(葉緑素)や粘り、弾力性、そして艶(ツヤ)が失われるのを防ぎます 。
泥染めをすることにより、内部の呼吸する力を一切妨げることなく、外部の紫外線と言う敵から繊細な葉緑素だけを守り抜く点です
B. 品質への影響:耐久性の保証
この泥染め工程を経ないと、い草は変色しやすくなり、粘りや弾力性が格段に欠けてしまいます 。泥染めは、畳表の耐久性を高め、長期にわたって美しい色と艶を保つための、欠かせない職人技なのです 。
この染土は、新しい畳に付着している「泥埃のような粉」として消費者の目に触れますが、これは畳の品質を保つための「重要な染土」であり、使用前には必ず掃除機と乾拭きで取り除く初期ケアが必要です 。
3. 伝統の継承:熊本産のこだわり
畳の品質は、い草の栽培技術にも大きく左右されます。国産い草の中でも、熊本産は全国の約90%を生産する中心地であり、長年にわたる技術の蓄積により、特に粘りや耐久性、香りに優れた高品質なブランドとして知られています 。
い草は、このように伝統的な技術と、土地の風土に根ざした職人の丁寧な手によって育てられ、製品化されています。
これは、自然をねじ伏せる技術ではありません、自然の特性を理解し尽したうえで、その長所を最大限に活かすための完璧な共同作業なのです。
まとめ:古くて新しい、い草の価値
い草は、1300年以上の歴史を持つ「古い」素材でありながら、空気清浄 や湿度コントロール といった、現代の健康的な住環境に求められる高い機能性を備えた「新しい」素材でもあります。
この優れた特性は、い草の天然の構造と、泥染めに代表される職人技の伝統によって守られています 。畳の安らぎを感じるとき、その裏側にある自然の力と、それを支える職人の伝統技術に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

